弱みと素直に向き合え
弱みと素直に向き合え
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--- 文字起こし --- 弱みと向き合う重要性 このチャンネルでは、フォロワー数1万人以上をたくさん配置するステップという講座をお見せしたり、 フォロワー数1万、5万、10万、そして20万人を超えるようなインフルエンサーのマネタイズのサポートを行うエスロードをお見せしたり、 NZ美容サロンのフランチャイズオーナーとして、僕にしかできないような一時情報のみを厳選したアドプート式ラジオとなっております。 皆様が知って本当に良かったって思う情報のみを厳選してお届けしてまいりますので、 良ければフォローのほどよろしくお願いいたします。 有料スクールを超える学習教材、相多のインスタ大学、今だけ無料配布中。 ライブ限定クーポンも合わせて無料配布しておりますので、 詳細は下のリンクの方か、こちらのQRコードですね。 スマホの上ですね。 それぞれチェックいただければと思います。 本日もよろしくお願いします。 はい、ということで今回のテーマはですね、 自分の弱みと向き合うことが真の成長への道筋というテーマでお話をしていきます。 ありがちなタイトルというか、死ぬほどよくありそうなタイトルではあるんですけど、 このテーマにした理由ですね。 それは何でかというと、結局やっぱり自分自身の弱みだったりとか、 やっぱりまだまだ足りてないなっていう部分とか、 こことを向き合い続けることってやっぱり大きな成長とか、 やっぱり次の一歩につながるものなのかなと思っているんですね。 僕自身も正直言って弱みみたいな部分って非常にたくさんあるなって すごく感じるんですよ、日々。 皆さんからというか、もしかしたら見てる人たちからしたら 僕みたいな人って完全無欠みたいに見えちゃうかもしれない。 何でもできるみたいな、超人みたいな雰囲気に捉えられてもおかしくない っていうところだと思ってるんですけど、 僕は全然そんなことはなくて、やっぱり脆いところもあるし、 自分の中でこういうこともっとできたらなとか、 もっとこういうふうにやれたらいいのになって思う弱みっていうのは 無限大に探せば出てくるんですね、素直に。 でもそれでも結局そこから逃げちゃダメで、 自分自身こういうところ弱いよなと。 じゃあ何ができるんだろう、どうすればいいんだろうって言って そこと向き合い続けることがやっぱり次への成長につながるんやなと 正直に思ってます。 だから皆さんも多分あると思うんですよね。 もっとこうできたらよかったのにとか、もっとこういうふうにしたらいいのにとかみたいに 素直に、もっとこうできるじゃん、もっとこうしたらよかったじゃんって 思う機会なんてこれからもそうやし、今後とかも含めて たくさんあると思うんですよ。 協力と自己認識 特にインスタグラムなんて、何で他の人があんなにできてとかみたいな いらない比較劣等感とか、もっとこういうことできたらいいのに、 もっとこういうことできないとなとかって思うっていう悔しさみたいな部分って こう探せばたくさん出てきてしまうと思うんですね。 それはもう仕方がないことだと思うんですよ。 それは仕方がないから、そこを握るんじゃなくて 素直に向き合い続けていくこと。 じゃあもっと自分だったら何ができるんやろう、 じゃあ自分だったらもっとどういうふうにすれば よりこの状況をよくできるのかっていうふうに 弱みを強みに変えるというよりかは 弱みを受領するみたいなものって すげー大事なんじゃないかなって最近思ってます。 弱みなんて隠したほうがいいとか 自分の足りない部分なんて見えないように隠して 強い自分であり続ければいいと 昔、本当に数年前の僕はめちゃくちゃ思ってたんですね。 22、23とかかな。 弱い自分は見せちゃいけない。 ダメだと。 そんな自分は存在しちゃいけないぐらいに思って それを全部隠していた。 で、強い何でもできるそんな自分自身を 表に見せていたっていう素直な状態が 僕の中ではありました。 でも、最近はちょっとそこが取れてきたっていうか 皆さんに弱みを見せたくなったわけではないんですけど もちろんないんだよ。 素直に足りてない部分とかは 皆さんの力を借りて頼っていくっていうのが 一番大事だなって結構最近はよく思うし 本当に自分なんて足りないものだらけですからね。 だから、いろんな場面で少しずつ皆様のお力を借りして 講座運営もそうですよね。 講座運営も僕一人でやってると表ではかっこつけて言ってるけど 結局でも生徒の皆様のお力、生徒の方々が めちゃくちゃ丁寧に向き合ってくださったりとか サカツとかもそうやし 普段のボーイシンのサブチャンネルもそうだけど いろんな人たちが僕のやってる講座を ある意味助けてくださってるというか もっとよくしてくれてるっていうのは 素直に間違いなくあると思ってるんですね。 僕がついつい強がっちゃう癖があるかなと思っていて それは結構僕の中で弱みやなって一個思ってます。 皆さんに開示できる弱みの一個は 自分って結構強がりをしがちというか 昔からそうだと思うんですよね。 親が承認なんですけど 強がっちゃうけど でも強がっていて それで周りからの協力を得ないというか 全部一人で抱え込んでやるっていうのも 昔はそれで生きてきたし そうすることでそれこそがかっこいいみたいな そうやってて自分が一人で全部やってるとか 誰の力も借りずにやっているってことを 美徳に捉えたりとか それってすげーかっけーなとかって すごく思っていた節があったんですよ。もともと。 でもそれって捉え方を変えれば すべて普段生徒には リフレイビングとかって言葉を 使ったりしてると思うんですけど 捉え方を変えたりすれば 一人でしかできないことなんて 世の中にほとんどないと思ってるんですね。 だからそれってつまり言い換えをすれば 頼る力がなかったというか 頼るほどの勇気がなかった 普通の困難さ 人を頼れるほどの 人間的な魅力がなかった 人が頼ってくれるような 人間的な自分自身の 魅力や強みってのが なかったのやろうなっていう風に 捉え直すこともできるし 最近は結構そう思ってます。 だからそうやって 自分自身の足りてないなとか もっと何でこうすればよかったんだろうな って言われるような 弱みやったりとか 足りてない部分だったりとか 自分自身をもっと高められるような ものって 実は弱みの部分に 隠れたりしてるんじゃないかなって 結構ね最近は思ったりしてます。 だからそこに対して 素直に弱みを隠したりとか 弱みを見せないとかではなくて とはいってもね 弱みをバンバンに見せて 私って恵まれてない人間ですよ みたいな 私って全然ダメな人間なんですよ っていうことも正しいかと言ったら それも正しくはないですよね。 すべてはバランスだと思うんですけど それを人それぞれあると思うんですよ 弱みって なんだろうな 最近強く思うのは 僕にとっての基準値が超高いもの 僕からしたら そんなの誰だってできんじゃんみたいな そういうことなんて みんな普通にやれるっしょって思うことは 思った以上に周りの人はできないと 思うんですよね 例えば何かこうやって 毎日続ける力とか 毎日ね こういう決まった時間とかに こうやってやり続けるとか 毎日ネタをポンポン出したりとか 何かこう人に対して伝えるとか 教えるとかって できそうに見えて 意外とみんなできない だと思うんですけど 逆に言うと 結構多くの人とかが こんな普通できるっしょっていうことが 僕全然できなかったりするんですよ これくらい普通やるよねみたいな 改めて僕って普通 普通であるけど普通でない だなってすごく感じてて 周りからしたら お前元々普通じゃねえよって 言われるかもしれないですけど みんなからしたら それぐらい普通やるよねみたいな ものとか それぐらいできて 当たり前っしょ マナーでしょみたいに 言われるものが やっぱり全然できなかったりするんですよね あらって感じかもしれないですけど 逆に言うと僕って 時間通りとか 例えば決められたものの集合に対して 時間通りに行くとかなんて 普通できるだろうって めっちゃ思うんですけど 多くの人というか経営の人たちって 全然時間通り来ないですよ みたいな ものとかでずれてる けど僕はそういう経営の人たちが そんぐらい当たり前にできるっしょみたいな 例えばよくあるのは営業とかで 人から営業で案件取ってくるとか 例えばそうだな オフ会とか交流会で 人と仲良くなるのなんて そんなん簡単じゃんみたいな 普通できるっしょとかって言われても 僕からしたらめちゃくちゃきついんですよ そんな会った人にいきなり仕事もらうとか 自分の案件を紹介するみたいな そうやって話しかけに行く営業なんて 僕は超苦手だし そもそもそんな人間関係とかを めちゃくちゃたくさん広げたい みたいなタイプじゃないんですよね よく言うMBTIは確かにEが表に出ているので とても外交性が高いと 家の中で何かしてるよりも 外で何かしてる方が好きっていうタイプではあるんですけど それとは人間関係がめちゃくちゃ広い方が好きかっていうと 全然そんなことはない 人間関係なんか狭い方がいいと思ってる人間にとって それで案件取ってこい 普通にそうやって仲良くなるなんて 余裕だろみたいな言われても いや無理でしょみたいな それでたまたまちょっと関わったから そういう人たちとすぐに仕事できるようにならなきゃとか それぐらい普通やるでしょみたいな そうやって一緒になったんだから それぐらいやるでしょって言われても 僕にはできないみたいなところってある だから人にとって 今日のテーマってすごく大事なことで 自分自身は強みだと思ってないことが 強みだってことも全然あると思うし 弱みだと思って向き合っていることは 周りから当たり前にできてしまうことって多々ある 自分の弱みだと思っている部分とか 足りねえなとか なんでこうなっちゃうんだろうって 思っているような部分って 実は何でそう思うかって 周りが意外とそれぐらい普通できるでしょとか 当たり前じゃねとか それぐらいやって当然でしょみたいな いう風な一つ一つが 多分言葉とか態度表情で周りから見えるから 自分の弱みを認識する それが相対的な評価によって 自分の弱みだなとか 弱いなとか足りてないなみたいな風に 感じるんじゃないかなって 結構素直に思いますね 僕自身もそうですもん 別にこれを自分一人だけで生きてる人生だったら 今の自分が考えていることなんて 弱みでもなんでもないんだろうなって 思うけど でもそういっていろんな人たちとかを見て 比較するなって言ってる僕が 比較してどうすんだよって話かもしれないけど そう比べると明らかに自分のこれって 弱みだなって思うものって 本当にすっげえたくさんあるんですよね びっくりする そんなの元々教員やろうと思ってたんだから どうすんだよって話なんですけど 例えば納得いかないことに対して それを妥協して 上とか偉いとか 目上だから従うみたいなことって 僕やっぱり永久にできないんですよ なんでなんすかね できるようになる秘訣が知りたいぐらい できないんですよね どんな目上だろうが どんな人だろうが 理屈通ってないとか 年月が長いからとか ずっとやってきた期間が長いとか 年齢が上だからとか 偉いとか だから絶対に従わなきゃいけない みたいなのは 僕全く賛同できないというか どんな人でも そこは違うと思ったら 違うって言っちゃうんですね これを多くの人は それってすごい羨ましいこととか それでももしかしたら いいなって思う力かもしれない けどこれって捉え方を変えたら 僕めちゃくちゃ損するんですよ そういう人たちから 間違いなく嫌われるんだね こういう行動って だから僕からしたら これって一つの弱みやなと思ったりもするし さっきの決められたこととかに従えない みたいなものもそうだけど こういうのって 周りからとか 普通のいろんな人からしたら 強みって思う人もいれば 弱みって思う人もいるし 僕の中ではこれも一つの 足りてない部分だと思う みたいなもので やっぱりこうやって 弱みって呼ばれるものって 人にとって 人によっても まちまちというか いろんな人 いろんな悩みが 多種多様に存在すると思うんですね 僕は意外と 世の中の一般的な会社員の人とか 一般的に成長して 普通の暮らしをする人たちが 当たり前にできることが 僕本当にできなかったりするんですよ 周囲の期待に対する葛藤 結構内省してみると 相対評価を気にしすぎてました あるっすよね 僕はね 皆さんからしたら 皆さんが一般的とか そういうことを言いたいんじゃなくて よくある聞いている人たちを 一般的化として 一般的と捉えた場合 皆さんが当然できるようなことを 僕は当然というよりできない できないです 結構 本当に結構できないことって 僕多いです めちゃくちゃ そんな普通できるでしょ みたいなことが 全然できなかったりする でも皆さんが 絶対にできないようなことを 僕は当然のようにできたりするんですね 例えば 昨日のストーリーズにも挙げたけど 僕はもう 900 950か960日くらい 毎日講習してるんですね ボーイシーっていうの 朝ライブも去年の6月から 1日も欠かしたことがないので 1年半くらい ずっとやり続けた これって 正気の沙汰じゃないと 多くの人が言われるんですね そうやって言うと 何を 何をやってんだと お前バカなんか みたいな いう風に言われて なんでそんな無駄なことするんだと そう だって正直言ってね なんかこの僕の 毎朝のこのライブが なんだろうな 毎回ライブローンチみたいな 毎回講座案内をしていて 毎回集客をしていてみたいな 毎回何か人を 新しい講座席を集めるために ローンチしてますとかで 毎回人でこれをやるたびに 何万儲かるからやってるぜ とかだったら まだわかるんでしょうけど 僕そんなことないじゃないですか 聞いている皆さんが 一番わかると思うんですよ 僕はそんなことする気がない っていうのと そんなことをして 集まる人たちに ろくな人がいないと思ってる とかっていうのも はっきりとここで 言ってるじゃないですか そう だけど僕にとっては これをやり続けることは 一つの生きがいみたいな ものなんですね もはや今って これをやって 朝こうして話すこと 朝こうやってライブをつけて こうして自分の考えとか 自分の迷いとか リアルな部分を伝えて コミュニケーションを取ることが 一つのアイデンティティの レベルになっている だからこうしてやることに 全然苦手も何でもない でも人からしたら たぶんワンちゃん サブチャンやってる人たちも そうですけど おいしいで週1で 何かテーマを決めて 話すだけでも 本当に辛いって人は たぶんいると思うんですよ ってぐらい強みと弱みって こんぐらい差が出てしまう だから今日の話って 一つはそうやって 弱みだと思ってることに対して 素直に向き合ってあげることとか 自分って何が弱みなんだろう ってものを 自己開示していくことって すごく大事なことだし 一つの大きな成長とか 大きな変化をつくっていく上では 避けては通れないような 事象の一個なのかなって まずは思ってます っていうのが一つ目 二つ目が 自分は普通だと思ってることが 意外と周りにとって 普通じゃないことって いっぱいあるし 周りにとって普通なことが 自分にとって全然 全然普通じゃないみたいな 全然できないよみたいな 一般化って呼ばれるもの 僕は最後に 自分語りばっかりになって 申し訳ないですけど 僕はだから 普通の価値観と自己の違い 世の中の一般的な って呼ばれるものに対して いわゆるステレオタイプって 言うんですけど これを一般化されたもの 一般的にこうだろって 言われるようなものに 僕当てはまらなすぎるんですね いろんなことに対して そんな気がしていて 世の中の一般的なとか 普通こうだろとか 普通の人はこうするよね みたいなものの人生というか そこに対して感覚値がないんですね そりゃそうですよ この業界来てかれこれ4年 4年以上か 4年以上こうやって この業界にいて ブログとSNSっていうのをやって 渋谷に引っ越してきて 2年以上渋谷に住んでるんですよ もうすぐ2年です 渋谷に来てから 2023の11月に来たから もっと前か 2022の11月に来たから 3年か渋谷近辺 そして渋谷区に住んで 約3年経つ そこでずっとこういう若者の この時期をフリーランス そして法人化っていうので 会社員をせずに こうして生きてきた人間が 普通の感覚を 持ってるわけじゃないんですね 私確かに小中高大と 絵に描いたような 一般的な暮らしをしてきたと思います 多分ね いわゆるその 頭悪かったけど 高校受験して 進学校っていうところ 辞書進学校に行って そこで群馬大学っていう 地元だったら誰もが 行って欲しいと思う 国立大学の教育学部 数学専攻なんて言って 4年間数学と教育学を学んで 本当に教員になる一歩手前の 教員採用試験まで受けたみたいな ところまで行って そこからレール外れてる人間ですが その頃に持っていた価値観が 一般的だったかというと 確かに一般的じゃなかったんだなって 今振り返ると思います 教育学部数学専攻に行った理由も 教員になりたかったから 行ったわけではなくて 教員になりたかったから 行ったんじゃない 親の大変さを知りたかった とにかく親にお金面で 苦労させたくなかったから 国立以外ありえないと 国公立がありえない 実家から出るなんてありえない 結果選択肢が2つしかなくなって 消去法的なのと どうせだったら親の大変な職業が どんな人を生み出すのか 知りたいと思って行ったっていうのが 素直なところなんですよね いわゆるセンター特大っていうのをやったら 余裕でGバージョンとか行けてたんで 行こうと思ったら別に そっちの選択肢もあったんですよ 別に無限大に でもこっちを選んだのも そういう理由だし 意外とステレオタイプは 一般的な価値観を持った 普通の公務員になるようなルートを たどってはいたが 価値観は普通じゃなかったと思う 今振り返っても そうじゃなきゃ 急に教員の道やめたりしないですよ 直前ですよ 大学4年の大学4年の5月ですよ 皆さん親の立場というか お父さんお母さんという方々が 多いと思うので 親の立場になってみてください 泣いてインターンもしたこともない SPIとかもまともに受けたこともない ような人間が 大学4年の5月に 急に俺教員やめるわ 教員になるのやめるわって言うんですよ ここのネジがどんぐらい振っ飛んでたら そうなるんだって話だし ましてや念のために忘れないように 僕は社会人になってから 2ヶ月で僕上司の そういうさっきの上からの命令に 従えないというものの 板挟みと副業とか こっちをもっとやりたいもっと頑張りたい っていうものの心の葛藤で 普通に病むぐらいまでいって 退職代行を使ってますからね 今はねもう無理とか 流行ったりとかして退職代行って言葉が 一般化して 遊びで使う人とかいろんな人が出てきてるような 時代ではあるんですけど 3年以上前ですからね 3年以上前 何にも流行ってない頃に 本当に辞めたくて使ったっていうのが 弱みと強みの探求 退職代行なのでもうその時代 普通じゃないじゃないですか流行ってきたから 使ってるとか逃げたいから使ってるとかじゃなくて 本気で次の人生のために 使ってるみたいなそんな人間ですよ もう僕を普通の 人間だと思う と思わない方がいいし僕のこうやって 言ってるものとかね僕のこうやってやってること だからこそ多くの人が僕を ステレオタイプにはめ込もうとするのも 違うだろうし 逆に僕は そこのずれちゃってる価値観だからこそ そのステレオタイプの方の 理解も必要なんだろうなとも思ったりする うん というような 弱みって人にとっては強みだったりするし 強みって人にとっては弱みだったりするよね 普通と比較の影響 っていう話でした なぜか弱みは自覚しやすいのに 強みってなかなか気づけないんですよね いや本当そうですよね すごいです最近知り合った方も 高校くらいから日記や思いを書き続けて さらにリールに出しており そういう方 見たことなくてびっくりしました その方の生き方も情熱あふれてすごいと思いましたが ソウトさん熱量すごいです 体食代行を使ったの知っていたんですが 経歴はそうだったんですね 今体食代行 過去使ったことあるって僕が言っても あのねってなっちゃうんですけど 僕が使ってた時期や経歴を考えておいてほしいんですよね 3年以上前ですからね うん もう無理とか何が何だかよく知らないですよ 何のサービスかとかも覚えてない っていうようなぐらい 過去の話なんですけどね 普通って何でしょうね 捉え方が一人一人違うし時代とともに変わりますね 本当そうですよ 本当に思いますね 普通って何なんだろうなって思うし でも少なくとも僕は 世の中の一般化されたものに対しては すごい逸脱しているなっていうのは いろんな価値観や考え方を 持っていてもそう思います うん 普通こうでしょとか なんかね 他人と比べられるのがすごい僕自身 やっぱり嫌いですもんね 僕は僕でしょ俺は俺だろみたいな そう どんな場合であれ お前がなんでやんねんで他の人はやっていたぞ とか周りはこうしていたぞ って言われるとそれを言われれば言われるほど 僕はすごい 嫌になるんですよね 違う人と俺を比較するんだろうって 俺は俺だけだって思っちゃう これって強みだけど弱みですよね 改めてこうやって考えてみると うん なんかなんて言ったらいいんだろう 比較されること が ある意味僕自身 比較が必要ないって思ってるし 僕は他人と比較する気もないし 自分は自分俺は俺っていう 生き方だからこそ 誰かが自分のことを 他人と比較してくると すごく嫌な気持ちになっちゃうんですよ うん 〇〇さんよりすごいですねって言われると それも気持ち悪いなって思っちゃうし 〇〇さんはできて いたのにお前できないよね って言われるとものすごく これ別に 普通の人からしたら 一般的な人からしたら 比較とか〇〇さんよりすごいよ とかそういうものって承認欲求 になったりとか みたいな世界とかになったりすることもあると思うので 人にとってはプラスの可能性だったら あり得るものじゃないですか 僕からしたらこれはめちゃくちゃの弱みなんですよね 強みでもあるけど 人のことも比較しないし僕はだから 誰かとかみんな見てる 生徒一人一人もそうやし こういうところで話してる一人一人もそうだけど 誰のことも そのことしか見ないんですよね 誰々よりとか 誰々に比べてみたいな風に 見るつもりもないし だから僕自身の人生の生き方の軸で 比較という軸に 僕が今存在してない ある意味それは昔 比較でずっと生きてきたからこそ それが嫌だっていう強烈な価値観が 存在するからこそだと思うんですよね そのせいで人からそうやって言われるのも すごい嫌なんですよね あれだれは前はこうだったよ とか 前のこの人はこれを知ってたんだから 君もそれをするよねみたいな なんだそれみたいな 俺は俺やろみたいな感じに 思ってしまうみたいなのは強みでも 弱みでもあるなって思う節は結構ありますよね 弱みと強みは表裏一体 ポジティブに見るかネガティブに見るか そして評価するような言葉 たとえ褒め言葉でも評価されること自体が なんか自由を妨げる そうそうそう だから比べるのはいつもの過去の自分 いやほんとそうっすよね ソウダさんのそのスタンスに助けられてます けどね だから僕はフォロワー数が多いからとか なんか稼いでるから その人を引き決めするとか そういう風に見ることはない 必ずその人っていう子でしか 見ないですね だからそういうので一個一個 見続けるというか 一人一人を見たいなって思ってる これも人によっては強みかもしれないし 人によってはこれは大きな弱みになるかもしれないなって 僕はすごく思う すごいですねほんと 私も普通ってなんだろうと今の仕事やって 8月にめちゃくちゃ怒られて考えさせられました 圧があまりすごかったので でもそのことがきっかけで 弱い自分を改めて見直すことができ かなり成長でき来月仕事辞める決意ができました おーすごい だからこそ 仕事を辞めるっていうこととかも 人にとってはいいことかもしれないし 人にとっては悪いことかもしれない これってもう 本当に人それぞれですよね 全てが例えばなんだろうな 離婚するとか一つ離婚 って言葉インスタではねすごい人気 なワードですけどじゃあ離婚するっていうのは なんだろうね 本当にいいことなのかそして 本当に悪いことなのか これって誰かが 評価したりとか誰かが決めつけること でもなんでもないじゃないですか 離婚することは おめでとうと捉える人もいれば なんで離婚なんかする って捉える人もいれば ポジティブに捉えるのと ネガティブに捉えるこんな一つの事象で この二つの両軸が展開されてしまう ような時代 ですよね それってベクトルがどこにあるかじゃないですか 子供のためを考えたら離婚なんて100億パーしない ほうがいいわけだし でもその夫婦関係ってものを新たな スタートの道を切るんだったら離婚っていうのはむしろ おめでとうこの縛られたものを 抜けていく妄想 会社を辞めるもそうじゃないですか 人によってはそんな会社をなんで辞めんの っていうようなネガティブな 評価の人もいれば いやいや会社というのを辞めるっていうのは 本当に勇気ある人しかできない 素晴らしい決断だよって捉える人もいる だから 世の世にとっての 何かの正解不正解なんて 本当に人によって その評価なんて無限大に変わってしまうんだな ってのは改めて思いますよね これは正解だ っていうような 誰が見ても客観的な正解って それは 本当に数学だけだと思ってるんですよね 客観的な正解って 本当に数学これこそ数学の世界だと思ってるんですよ 1たす1が 2であることってのは 真理として 必要十分条件で証明されてる事実なんで 誰がどう見たって 1たす1は3になんないんですよ 客観的な事実として1たす1は2なんで っていうような 数学的事象以外 人によって評価が変わってしまうと僕は思ってるんですね そう っていうのがすごく感じること だからある意味 だから僕は数学って そういう面で数学の勉強とか 嫌いでしたけど 数学というものの美しさ そしてその真理という面においては すごく合理的だなって思うんですよね 世の中 何かの物事をさっきみたいに 弱み強みとか っていうものって結局人による相対評価で いくらでも変わってしまう もの 評価の相対性 一生懸命朝から晩までやって もうその深夜まで めちゃくちゃ本気で頑張ることを ゼと捉えてる人間にとって 今の世の中の風潮って めちゃくちゃネガティブなわけですよ ブラック労働がダメだから 所定労働時間外はダメだ早く返せ っていうのって ブラック労働でもいいから 自分の成長や成果とか 本気になれるために 全力で頑張りたい人からしたら めちゃくちゃネガティブなわけですよ これって逆の叱りで ブラックで成果を出すために 何だってやれっていう環境下によって 自分は早く帰ってワークライフバランスが っていう人にとっては その環境がネガティブになるじゃないですか これぐらい 表裏一体なんですよね っていうものがすごくある だからそれぞれの場所環境 状況において さっきの正解不正解なんて ずっと表裏一体性になっていくから 自分っていう環境をどこに置くかって めっちゃ大事だと思います 周りの評価なんて どうでもいいけど自分自身というものの 生き方やそのライフスタイルってものが 自分にとっての 一番大切に思える 大切な価値観に沿うもの っていうところにちゃんと身を置く そしてそこで決められた 適切なものに応じて 前を向いて 進んでいくってことが すごく大事なんじゃないかなって改めて 思います逆に さっきみたいな数学的に証明されてる 真理ってものが存在するわけですよ 世の中には その真理は絶対なのでそれはねじ曲げようと しない方がいいとは思ってます 絶対的な真理 これは悪いですと お国様で決められていることとか それを価値観によって それは違うよっていうのにはならないじゃないですか 意味わかりません 数学として 客観的に誰がどうみてもそれは ダメだろっていうものって世の中にありますよね 例えば人を殺したら 誰がどうみたって悪じゃないですか 究極の話ね 人を刺しちゃいましたみたいに言って 浮気と不倫の価値観 それで価値観で一人それぞれで 違うでしょって言ったら通らないですよ そのために法律っていうのが存在するんで だから僕はよく言うのが 本当にダメっちゃダメですよ 僕もする気もないし する気もないしダメだけど 人に対してそこをお前絶対やめろ 意味ねえよとまで強く言わないのは 浮気っていうレベルは 僕はする気もないけど 人がやってるのをみて お前絶対ダメだろと思わないんですよ これって別に法で縛られてないから それは人の価値観だろって 思っちゃうんですね 究極の話 人によっては浮気なんて別にいいやんって マジで思ってる人って世の中結構いるんですよ これってステレオタイプの一般化したら 浮気なんて絶対にダメだみたいな 不倫レベルでアウトだっていう人が ほとんどそれも気持ちがめちゃめちゃ分かるんだけど 世の中は事実 浮気したって普通でしょ それでもその人のこと一番と思ってるよとか マジで言ってる人もいれば 一人一人が大事なんだとか言ってる人もいるわけですよ でもこれって法で縛られてるものでもないし 決まりがあるものでもないから 究極の話ね それってさっきの言った人それぞれの 世界になっていってしまう どんだけ言っても浮気を止められない人って めっちゃいるじゃないですか それって男性女性限らずですよ その人にとってはそれが正義なんですよ 強みでも弱みでもある だからもうしょうがないじゃないですか ただ結婚しましたってなったら それで行われる そういう行為は不倫じゃないですか この不倫っていうのは明確に 法律で定められてるものなんですね これは客観的に見て アウトなんですよ っていう僕の価値観ですね これ分かる人 難しいと思う 僕はある意味そういう面では合理的な数学として 見てるというか 不倫は究極の話 浮気は究極の話ですよ 僕の価値観では浮気良くないなと思ってるし する気もないけど 究極のレベルで法で決まってないから ここはもうそれぞれでしょ 俺はダメだと思ってるけど お前もダメだろとは思わない 別にそれはもう 狩猟再生民の時代の この一夫多妻制みたいなのが はびこった人間たちの なれの果ての子孫が 今の僕らなんだから そりゃしたくなるよ っていう風に思う 別にそこに関して他人が ダメだろとまでは思わない 勝手にすればっていう感じ だけど 不倫っていう結婚という 法律的に 戸籍上として 使った状態は 明確に民法として 明確にこれは 不抵抗に当たりますと 罰則が与えられますってなってんだから これはもう不倫するのも しょうがないでしょみたいな風には ならないよねっていう話 これが客観性と 主観性の価値観の違いだなと思ってます 弱みとの向き合い方 かわいそう落ち着けてくる人が とんでもなく 嫌なのも同じなんだろうな 自分に悪引きシール貼られた感じする 本当そうですよね かわいそうってお前が見てるのは かわいそうだろみたいな 客観的じゃないものって 意味がないですよね 自分はこう思う 思いとかを 仲がいい人に対して 自分は素直にこう思ってる って思うは構わへんけど それを強制したり縛ったり それでお前はダメなんだみたいな レッテルを貼るところまでは違うよね かわいそう かわいそうとかって言葉も本当にそうですよね えーそういうことになっちゃったね かわいそうなんだけど って言ってる お前は一体どこの立場で言ってるんだよみたいなやつですよね あるあるだと思うんですけど 今日の話は ちょっと難しい倫理的な 話だったと思うんですけど だからこの弱みと向き合うということ 自体が別に悪いこと じゃないんだよっていうことです この弱み っていう言葉の定義ってものは 正直そんなになくて 人にとって強い言葉かもしれないし もしかしたら別の人にとっては 弱い言葉かもしれないし っていう っていうので 自分にとって強みなきゃ弱みなのかって 難しい強みだと思ってるものが 弱みの可能性もあるし弱みだと思ってるものが 強みの可能性もあるから そういうものと素直に向き合っていくことが 成長への道だし そういうところに対して他者からの 何かとかに影響を受けないで 自分がどうするかっていうものを ちゃんと見ていくってことが 僕にとっては すごく大事なんじゃないかなと いうふうに 素直に思ったという話でございました はい 子供がかわいそうとかそれこそ 一場面しか見てないので だからこそ自分が多角的に見るよう意識していく そういうのがめっちゃ大事だなって改めて思います
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